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2016年3月3日木曜日

2003年のWRC:スバルの3台目があったら…

今日もWRC―世界ラリー選手権の話。
興味ない人は読まないでね。



久しぶりに2003年のWRC総集編を見ていたんですが、
やっぱこのシーズンは面白かったんですよ。




ペター・ソルベルグの初チャンピオン獲得と
翌年から9年連続チャンピオンになる化物セバスチャン・ローブのバトル。
そして若手に完全に太刀打ちできなくなるマキネンとマクレーの元チャンプ二人。



マシンもフォード・フォーカスWRCっていう革命的マシンが出てきて
「誰が勝つかわからない!」っていうワクワクがあった
最後のシーズンだったのかなと思います。

この年は、フォーカスはべらぼうに速いけどトラブル多い
ペタ―も速いけどミスやトラブルがあって、マキネンとマクレーは絶不調。
ローブもシトロエンも速いけど経験不足。サインツが安定して好成績。
そして前年最強すぎてつまんなかったプジョー勢が何故がトラブルだらけで大失速。

そんなわけで、いろいろとバランスよくドラマがいっぱいあった年でしたなぁ…。

ここ10年以上、どのラリーでもだいたい誰が勝つか
予想がついちゃうからなぁ。うーん、退屈。


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そんな中でふと思ったのは、この年の
マニュファクチャラー(メーカー)タイトルのこと。



シトロエンがフル参戦初年度にもかかわらずタイトル獲得。
ローブの成長っぷりと、サインツの安定ぶりがすごかった。

悔しいのが毎戦2台しかエントリーしてなくて3位に終わったスバルで、
ルール上3台までOKで上位2台にポイントが入る仕組みだったからね。

ライバルのシトロエンは前年までフォードのエースだった2人
サインツとマクレーに秘蔵っ子のローブを加えたフル3台体制。
プジョーは前年チャンプのグロンホルムと前前年チャンプのバーンズ
これに舗装にパニッツィ、グラベルにロバンペラを使い分けるの3台体制。

一方スバルは、4年連続チャンプのマキネンをエースにしたものの
全然期待通りの結果出ない不調っぷり
(かつてのチームメイトロイクスを思い出す皮肉な状況)
サポートのソルベルグが完全にエースになっちゃうレベル。
そして、全チーム中唯一、使ってるタイヤがピレリってのも泣き所で
ラフグラベルとウェットの舗装はべらぼうに強いけど、
安定して良いわけではない(とくにスノーは一時期ほんとに苦手だった)


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そこで思ったんだけど、
もしあのシーズン、あまってる3台目のメイクス枠に
プライベーター(ワークスじゃなく自腹で参加してる)ドライバーに
型落ちのマシンを与えて参加させてたら、メイクスタイトルもありえたんじゃないかと…




そもそもなんでスバルが2台しかエントリーしなかったかというと
スバルは昔から「参加する台数を絞ると成績良くなる」ジンクスがあって
2001年は3〜4台もエントリーしてて結構トラブルが多かったんすよ。

そもそも予算も、プジョーとかシトロエンほどは無いし
スポンサーもついてなかったから2台に絞るのが正解。
3台目までは手が回らなくなっちゃうんだろうなぁ。


だから、年間フルで参加してるお金持ってる若手を起用するか
イベントごとに、成績の良いドライバーを使い分けるとかで
結構いい成績を出せたのではないかと。

2003年の成績を見てると、結構ワークス勢が壊滅して
プライベーターが上位に入ってたりするんですよね。

例えばアルゼンチンは6・7位にシュコダが入ってて
有力プライベーターだったらこれより上位になることも十分ありえる。
それと9位にグループN(市販車に近いクラス)の新井敏弘が入ってて
PWRC(グループNの世界選手権)のスバルワークスとはいえ、これはすごい。






プライベーターで注目なのは
ボジアンレーシング(フランスの名門チーム・実質プジョー版トロ・ロッソ)の
ロマン・クレスタとマンフレッド・ストールの2人。どっちも資金力もあって
ヨーロッパのイベントはほぼ全戦に出てたから、起用できたら強みだったなと。





特にこの二人がいいのが、メーカーの縛りがあんまりないことで
たとえばセドリック・ロベールはプジョー、ヤンネ・トゥオヒノはフォードの
若手有望株だったから、あんまりよそのメーカーに乗れなかったんじゃないかと。
ストールは2002年はフォード、2003年はボジアンのプジョーだけでなく
ヒュンダイに乗ったり、自前のチームで出場してたり(最終戦GB、7位入賞!)
自由なのがいいですね。




お金ある若手有望株に、型落ちマシンを与えて3台目として走らせるってのは
2003年のフォードがやってたことですね。ドライバーは翌年スバル入りする
ミッコ・ヒルボネン(結果はあんまり良くなかったけど)

ただしミッコはあくまでも正式に3台目のワークスとして
参加させていたのでプライベーターとはちょっと違う。

スバルの場合は、別チームにワークス枠を与えるべき理由があって
それはさっき書いた「手を広げすぎるとミスる」からってのと
もう一つが「タイヤ」






これまでに何度か、ワークスチームよりも
プライベーターが乗るインプレッサのほうが速さを見せることがあって
例えば1999年モンテカルロのパニッツィとか、2004年のサラザン。

マシンが型落ちだから、信頼性があってトラブルがなかったというのもあるだろうけど
理由として大きいのがタイヤに「ミシュランを履いていたから」かと。

つまり、ワークスが使うピレリが不調なラリーでも
ミシュランを履くプライベーターをワークス枠に登録しておけば
保険として、全滅を防ぐことが出来るのではないかと。

もちろん、ピレリから「それはダメでしょ」って言われたそれまでなんだけど。


歴史の世界に、特にモータースポーツの世界に
「たられば」は禁物だけど、もし2003年にスバルが
3台目のワークスノミネート枠を、上手く使いこなしていたら
もっと面白いシーズンになったのかなーと、今日一日妄想してました。



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おまえ、今日平日なのに何やってんのと思ったあなた。鋭い。
実は結構笑えない腹痛と熱で会社を休んでいたのでした。

ううーまた調子悪くなってきた…今日はこの辺で寝ます。おやすみなさい。



追記:



2003年当時、16歳だった自分が個人的に一番注目していたのが
大好きなチェコのメーカー「シュコダ」

5年間使いつづけてきたバカでかい旧式のオクタビアから
モダンでコンパクトなファビアに切り替えた、画期的なシーズンでした。




とにかくお金がなくて、カラーリングも素人くさくって
関係者からバカにされ続けてきたシュコダが一気にプロっぽくなって
すごい嬉しかったのを覚えてます。
(でもやっぱり、バカでかくて旧式なのに頑張るオクタビアが今でも大好き)

このシュコダを足がかりに、親会社のフォルクスワーゲンが参戦し始めて
いまじゃ連戦連勝、最強のチームだもんなぁ…。感慨深い。

2003年は色んな意味で記憶に残るシーズンでした(現在28歳・独身)



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